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「失われた一〇年」で本当に失ったもの

業績評価の関係から、世話の対価の回収として、資金利益以上に欲しいものが事業性資金融資のボリュームという地域金融機関も少なくないだろう。しかし、ご覧のとおり、現実問題として資金需要は旺盛ではない。他の金融機関からの肩代わりなどが戦術として考えられるが、限りはある。しかし、これまで説明してきたビジネスモデルでは正常先への適正プライシングまで視野に入っているため、地域金融機関側で実需の伴わない資金供給が認められさえすれば、中小企業キャッシュフローの改善次第では、正常先への適正プライシング同様難易度の高い貸出実行も不可能ではない。もっとも、取引先側では少し問題がある。

適正プライシング推進による利上げは、その取引先の他の取引金融機関に知れることは少ないが、肩代わりを受ける、借入ボリュームが増えるということはシェアが崩れることを意味している。月末に作成する金融機関別借入明細などで他の取引金融機関が崩れたシェアを知ってしまう。ちなみに、こうしたことは家族経営的零細企業レベルではあまり問題にならない。ただし、世話一回当りの回収として十分なボリュームの貸出が実行できるわけではない。年商一億円の会社に実需のない五〇億円の貸出実行はあまりにも不自然だからだ。大きなボリュームが期待できる会社然とした取引先が相手の場合、話は変わる。シェアを奪われた金融機関が騒ぎ出すことで、取引先が不快な思いをすることがある。

わたしの勤務する地域金融機関でも大口取引先のシェアが変わると、支店長からエリア担当役員あたりまでが大騒ぎをして、その大口取引先に押しかけるだろう。そうしたことを知る取引先にとっては、受ける世話の度合いに少々ばらつきがあっても、もめることなく、どの取引金融機関とも付き合えることの安心感は大きい。だから、会社然とした取引先は世話の対価として新たな借入れを受けることでシェアを崩すことを許容したがらない。もっとも、そうした取引先では、「ウチの信用がなくなれば、『ありがとうございました』といって回収するようになるくせに、信用のあるときばかり大騒ぎして役員までが押しかけてくる」と内心冷めた目でみているはずだが。このように、世話の対価の回収手段として貸出を実行することは最も難易度が高い。

しかし、背に腹はかえられない。「なんとかしたい」というのが地域金融機関の本音だろう。世話の対価の回収手段は、往々にして売れない商品・サービスである。正常先の適正プライシングも、またしかりである。高い金利の貸出など売れる商品ではない。売れないというより売りにくいものになってしまっているのは、実は地域金融機関との取引そのものだったという可能性すらある。ATM並みとみなされしまった地域金融機関であれば、先に説明した「世話」などの他のサービスも、その実力は未知数とみなされ、顧客に売り込みにくい。健全とはいえない地域金融機関であれば、さらに売りにくくなる。ただし、現場には売れないものを売ってきた猛者がいる。そのノウハウは大きな資産である。

売れないものを売るために猛者たちは何をどのようにしてきたのだろうか。直近では提案営業といわれる営業スタイルが主流になっている。提案の質を高めて、売れない商品の購入意欲を喚起したり、提案を実現するためには売れない商品の購入が必要になるようにしたりするものである。提案営業はもともと「お願い営業」のアンチテーゼとして生まれてきたものだ。バブル崩壊前後の頃、貸出をするために預金を集めなくてはならない時代が終わり、それまでの営業スタイルに不安が出てきたことを転機として生まれてきた。しかし、それでも売れないものは結局「お願い営業」に大きく依存して売ってきたのではないか。