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地域密着型金融を推進する目的とは

地域密着型金融を推進するには、その本質であるこれらのキーワードの主旨をふまえていることが最低限必要である。それ以外にも、いまの地域金融機関の置かれた現状を考慮すると、本質の明確化とは別途、現場での意識改革を行わなければならないことが二つほどある。一つ目は価格競争に退路を求めないということである。価格競争への迎合は人件費カットしかもたらさない。積極的に価格競争に挑んできたという地域金融機関は、そもそも少ないはずだ。どちらかといえば仕方なく価格競争に参加させられてしまったのではないか。政府系金融機関の低利の長期固定金利融資や、期末の大手行の低スプレッド攻勢に振り回され、融資シェアを維持するために仕方なく価格競争に巻き込まれてしまってきた。

一方で「価格競争に巻き込まれるくらいなら、断じて資金を出さない」というような強気の地域金融機関は皆無である。そのような行動をとろうものなら、「金利にがめつい地域金融機関」「高利貸し」などとの噂がせまい地域にすぐに広まってしまう。行職員の賃金や地域金融機関の大きな純利益額などもやり玉にあがる。いうまでもなく、資金需要がこれだけ乏しいなかでは、自然にシェアを失っていくことになりかねない。したがって、「価格競争は積極的には挑まないが、まったく受け入れないわけではない」という地域金融機関が圧倒的に多く、そのさじ加減は「全体的な計数をみながら、要領よくやろう」といったものである。バランス感覚の優れた経営陣や行職員で神業的な業務運営を行おうとしているのだ。しかし、その業務運営はやはり神業であって、うまくできているとは思えない。

価格競争を行うか行わないかの綱引きに応じつつ、価格競争を行う方向へ徐々に引き込まれているようだ。その最大の理由は、やはりシェア喪失に対する恐怖感である。現場の業績評価もボリューム中心であり、シェアそのものがとれなければ、評価もされない。地域金融機関の組織全体でも、他地域金融機関との計数比較はボリュームやシェアで行われる。それらを何かのきっかけで失うことになれば、負け犬のレッテルを貼られる恐怖感がある。だから資金量や貸出金残高は何がなんでも守りたくなる。最近、地域金融機関側から「ある程度の価格競争は仕方がない」という言葉をよく聞くようになった。シェア喪失の恐怖感がいっそう高まっているのだろう。

実際に、二一世紀以後、地域金融機関の各業態は総じて総資産を死守してきているものの、収益性指標については、地方銀行だけがなんとか二〇〇一年度水準を維持しているのみで、第二地方銀行、信用金庫の順に収益性指標の維持に苦しんでおり、価格競争を行う方向へ引き込まれた形跡がみえる。いま以上に価格競争を行う方向へ引き込まれることになると、どうなるだろうか。現場はボリューム中心の業績評価によって推進させられていることから、「われわれはボリュームを追うしかなかった」との言い訳がなされるかもしれない。それでも地域金融機関は組織全体としてますます粗利ベースの収益力が弱まる。

コスト構造が粗利ベースの収益力に関して弾力的な変動費であればよいのだが、地域金融機関における店舗ネットワークの性質上、人件費・物件費ともに固定費であることは前述のとおりだ。収支を維持するためには、人為的に人件費や物件費を下げていくしかない。どんなに店舗ネットワークが充実していても、営業経費に占める割合は人件費のほうが大きく、削りやすい。一律の賞与カットや賃金カットがものをいう。シェア喪失を免れるための犠牲は結局、地域金融機関の行職員に求められる。厳しい環境のなかシェア維持に固執し、価格競争を行う方向に引き込まれると、その度合いに応じて実施される、底なし沼のような果てなき人件費カットが待ち受けている。株主同様のステークホルダーである従業員満足を犠牲にして、株主満足を達成するという経営はいかがなものか。

単なるカネ貸しとみられている「金融機関」

旧アクションプログラムの実績評価において不十分と評価された点に、「地域密着型金融の本質が必ずしも正しく理解されていない」という金融庁による指摘があった。この指摘どおり、「リレバンは正常先以外に対して取り組むものである」とか、「いままでやってきたことをこれからもやればよい」などの誤解があふれていた。同じ轍を踏んではいけない。新アクションプログラムに本質が定義されている。「地域密着型金融の本質は、金融機関が、長期的な取引関係により得られた情報を活用し、対面交渉を含む質の高いコミュニケーションを通じて融資先企業の経営状況等を的確に把握し、これにより中小企業等への金融仲介機能を強化するとともに、金融機関自身の収益向上を図ることにある」薪アクションプログラムⅠ-2)。ここから読み取れるいくつかのキーワードがある。

一つ目のキーワードは、「対面交渉による情報収集の重要性」である。この情報とは具体的にはどういうものか。長期的な取引関係によってしか得られない情報であるから、長期的な取引関係がなくても得ることのできる貸借対照表や損益計算書でないことは間違いない。意外と思われるかもしれないが、新規に与信取引が始まるときに必要な、いわゆる代表者に係る定性情報でもない。どこの地域金融機関でも代表者に係る定性情報(いわゆる経営者の資質など)はチェックリスト方式で記録に残すことが多く、特に長期的な取引関係を必要としていない。したがって、定量情報に定性情報を加えた、最近与信判断でよく使われている修正財務データなどではない。中小企業に対する修正財務データをベースとした与信判断は大手行でも行っている。

ここでいう情報とは、長期的な顧客との取引関係が生み出す地域金融機関と顧客の信頼関係から派生する情報を指しているのではないだろうか。代表者に係る定性情報であれば、その人間としての歴史や経営者としての生きざまのようなもの、会社の情報であれば、信頼関係なくしてはみせてもらえることのない元帳レベルのデータなどが考えられる。あるいは、代表者などが本音として話してくれる当該業種の動向や、将来についての自社のビジョンがあげられよう。それらは、与信判断上マイナスに評価される都合の悪い情報なども含まれているだろう。

長期的な顧客との取引関係がなく、ましてや金融機関が単なるカネ貸しとみられている限り、取引先が話してくれるはずはない情報だ。こうした情報が地域密着を理由として地域金融機関に当然のように転がり込んでくると考えるのは自惚れである。第2部で指摘したとおり、地域密着はすでに実体の伴ったものになっておらず、信頼関係に綻びがみえ始めている。こうした情報収集に関する不利な形勢を、地域金融機関の現場は、立て直さなければならない。もう一つのキーワードは、「中小企業等への金融仲介機能と地域金融機関白身の収益力の双方の強化」である。まさしく中小企業と地域金融機関のWIN・WINの関係を構築することである。

通常、金融取引は片方が儲かれば片方は損をするゼロサムゲームである。貸出金利は地域金融機関の売上げであり、かつ貸出先のコストである。信用リスクも貸出先のメリット(事業リスクの地域金融機関への転嫁など)であり、地域金融機関のコスト(貸倒償却費用など)である。なかなかWIN・WINの関係にはなりにくい。ところが、「ここに決着をつけろ」と新アクションプログラムはいっているのである。地域金融機関が収益力向上や健全性向上と称して、身勝手な貸出金利の引上げや最低限のリスクテイクすら回避するようなことは認められていない。その一方で、地域貢献の結果、最後の貸手型地域金融機関のようなところが地域で不良債権の山を築き、倒れていくこともよしとしていない。

地域密着型金融の本質はWIN・WIN関係の構築にあり

低成長経済は定着し、いままでのビジネスモデルの弥縫策をとっている限り、コア業務粗利益のような収入が増える保証はどこにもない。二一世紀以後、地方銀行業界でもコア業務粗利益はなんとか横ばいを維持しているのが実情だ。本部がビジネスモデルの弥縫策を繰り返す限り、成行き任せの朝令暮改が繰り返される。あるときは、住宅ローンが厳しいからと、預かり資産に力を入れさせられる。またあるときは、事業性資金需要が二〇〇四年度の資金循環分析に示されたように小反発したからと、価格競争を排除しないまま事業性資金融資のボリューム追求に走らされる。

事業にこれといった軸がない状態で多角化していった大企業が、虻蜂とらずのままで低成長経済に耐えられず、ついには要再生先になってしまっている現実を地域金融機関の経営陣は忘れたのだろうか。このままでは地域金融機関も同じ轍を踏んでしまう。重点強化期間中に粗利か増えなければ(このままでは間違いなく増えないと思うが)、「地域密着型金融推進計画」が達成できないので、いつものように従業員に詰め腹を切らせる。人件費カットで、粗利か減った分を補てんし、業務純益の目標を達成するのだろう。

いくら計画どおりにいったとしても、現場にとってはばかばかしい話である。汗水流していわれたとおりのことをしたにもかかわらず、責任は全部現場が負わせられることになる。このような地域金融機関では現場によるクーデターも起こりかねない。このような憂き目にあわないように、現場が身につけるべき武器がある。もちろん根性論などではない。それでなくとも忙しい現場は「気合いを入れてがんばれ」とエールを送られても、できないものはできないだろう。そんな無責任な方法ではなく、極力忙しさに拍車をかけることなく、本部が重い腰を上げなくても現場が主体になって取り組める、地域密着型金融の機能強化のビジネスモデルと推進方法がある。

地域密着型金融機能強化は顧客との濃密な取引関係がカギを握る。したがって経営や本部が動かなくても、顧客との濃密な取引関係づくりを盾に現場が経営や本部を動かすことができる可能性もあるのだ。経営や本部も、預金取扱金融機関として理不尽な与信拡大やコンプライアンス違反でもなければ、顧客との濃密な取引関係構築を妨げる理由はない。現場が本気になればできないことはないのである。ただし、現場が本気で地域密着型金融機能強化に取り組むにあたり、理解しておかなければならないことがある。地域密着型金融機能強化の本質である。

地域密着型金融は現場主体で取り組め

集中改善期間中のリレーションシップバンキング(以下、リレバン)の機能強化の取組みは、環境悪化に加え、コスト削減に起因する現場の多忙化を背景に、現場の関与も小さく、十分な成果は上がらなかった。一方で大手行の中小企業に対する攻勢が本格化し、道州制も視野に入ってきたこともあり、オーバーバンキング論は強まっている。こうした現実をふまえると、すでに突入した重点強化期間における地域密着型金融の機能強化にも不安が残る。経営力の強化だけに努めればよい大手行との差別化や近隣の地域金融機関との差別化がオーバーバンキング批判を回避するには必要である。一方で、コマーシャルベースにのらない店舗網の存在から、業績評価制度や人事制度が後手に回り、大手行並みの価格競争力は望めない。顧客密着度合いなどは大手行とさして変わらないという実態になっている。

ディスカウンターにもなれず、これといって価値を生み出す切札もない。この実態は近隣の地域金融機関も大差ない。つまり、地域金融機関同士でも差別化が図れていない状態である。各地で消耗戦を繰り広げれば、整理・統合しか途がないのではないか。地域金融機関はその進む方向性を見失っているようにすら思われる。これでは現場も迷ってしまう。ただし、ものは考えようである。これまでのリレバン機能強化の集中改善期間の取組みにおいて現場の関与が小さかったことはせめてもの救いといえなくないか。仮に現場が集中改善期間中に手を尽くして、こういう結果になったのだとすれば、もはや「お先真っ暗」である。現場が本気を出せば結果を出せると、わたしは信じている。「いくらでも特徴を出すことはできる。オーバーバンキングとはいわせない」という頼もしい行職員はいくらでもいるはずだ。

二一世紀に入り低成長時代に突入したといわれる。しかし、低成長が本格的に定着し始めるのは二〇〇五~二〇〇六年度、つまり重点強化期間と重なるとわたしはみている。資金循環分析に示されたとおり二〇〇四年度の民間の住宅資金需要が減少に転じていることは、低成長が定着しつつあるよい証拠だろう。現場はますますプレッシャーをかけられ、重点強化期間はいっそう忙しくなることが予想される。本気を出すのが遅れた分、つらい重点強化期間になるはずだ。あってはならないことだが、本部が集中改善期間同様に現場を動かすための努力をしないということも想定される。集中改善期間同様、新アクションプログラムが業績評価にブレークダウンされないこともあるだろうし、目利き能力開発などがコスト削減優先から後回しにされることもあるだろう。

新アクションプログラムにおいて人材の育成は要請事項にあげられているうえ、「2.経営力の強化」のなかの「収益管理態勢の整備と収益力の向上」における具体的取組事例において、旧アクションプログラムにはなかった「業績評価」という言葉も登場している。現場を動かすための本部の努力は確実に求められているが、旧アクションプログラムでなんのお咎めもなかったことから、高を括る可能性はある。しかし、旧アクションプログラムとの差分から受け取るべきメッセージを無視し、またしても現場を動かす努力を怠るようなことがあれば、免許業である以上、今回も「お咎めなし」ですむはずもない。なおかつ、新アクションプログラムは数値目標の設定が求められているので注意が必要だ。

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